キャラ研発信
時代レポート キャラクターの今が見える時代
サザエさん主義の時代(2002.6発表)
「友達親子」の奥に見えるもの近ごろ、「家族のあり方が変わった」というようなことを、よく聞く。変化の筆頭に挙げられているのが“友達のような親子関係” 。一緒に買い物に行ったり、ゲームで対戦したり。好きなものが同じで、お互い情報を交換し合う。今回の調査でも、「友達のように仲がよい親子でありたい」「親と子で共通の話題や趣味を持ちたい」という欲求が、親と子の双方でとても高かったし、実際にそのような親子関係を築いている人も多かった。
そんな“友達のような親子”は「家族がその機能を失いつつある」ということと表裏で語られることが多いのだけれど、本当にそうなのだろうか?これからの時代、「家族」という概念は必要のないものになっていくのか?
私の答えは「NO」。今回、調査結果を見て強く感じたのは、家族が一緒に過ごす時間をすごく重要視しているということ、お互いが気持ちよく一緒に居られるように努力をしているということ、そして、家族であることを常に確認したがっているということ。「家族」という単位をとても大事にしている印象を受けた。
親子が友達のように仲が良いことは、家族が友達と同等の存在になったということを意味するわけではない。むしろ、「個」の意識が発達してすぐにでもばらばらになれる時代だからこそ、他には替えられない関係=家族に価値を求めている。時間や体験、価値観・・・いろいろなものを、確かに共有しているという実感と安心感は家族でしか得られないものになりつつある。
友達のような親子の、仲の良さや共通の趣味、話題は、家族を一つのまとまりにするために必要なもの。多分、これまでは「習慣」とか「伝統」といったものが担ってきた役割なのだと思う。親と子の世代間ギャップがほとんどない現代では、遊びや好きなものなど日常生活の中から「我が家らしさ」を見つけていく方がシンプルで分かりやすい。 親子で、また家族みんなで楽しむ商品やサービスは、友達と遊ぶためのものとは違う、家族だから意味があるようなものが、これからはもっと求められてくるのかもしれない。極端に言えば、家族でなければ成立しないもの。「伝統行事、家族行事をイベント感覚で楽しむ」というような現象は、その予兆ともいえる。今あるものを家族向けにアレンジすることから更に進んで、「家族でやるなら何か」「家族に今必要なものは何か」という発想が必要になってくるだろう。“友達親子”が本当に求めているのは、家族なのだ。
「家族」の意味が変わる
日本では昔から、「家族」が血のつながりや土地と密接に結びついて存在してきた。言い換えると、血のつながりや土地といったことが、家族を結びつけ、家族の絆の拠りどころになっていたのだと思う。そういった歴史が、「家族=宿命的で何となく重い」ものにしてしまっていた。
けれども、あらゆるところで旧時代的な価値観が崩れていく中で、家族だけが例外であるわけはなく、“援交”や未成年による不幸な事件が相次いだ90年代に、一度すべて崩壊してしまったのだと思う。
現代の友達親子が「家族」に帰ってきたとき、その家族の捉え方は大きく変わった。
明るく、楽しく、優しい。
みんな仲が良くて何でも話し合い、お互いを思いやり、支え合いながら 生きている。
これが今の小学生の理想の家族。そして、彼らから見た、今の自分の家族。言ってしまえばとても平板で、当たり前のことだけれど、「そう簡単ではないのが家族だよ」と突っ込みたくなる。そんな綺麗ごとではないだろう、と。悩みがあって、ぶつかりあって、ドロドロしたところもあって、でも離れられない「業」のようなもの。家族という言葉には、常にそんなニュアンスが込められていたような気がする。だからこそ、“友達のような親子”が話題となり、「家族回帰」という言葉とともに「親の復権」が求められたりする。
でも、そんな絵に描いたような家族こそ、現代人が目指す姿。もちろん、叱られたり喧嘩をしたりして家族を嫌いになることもある。親に言えない秘密もある。いいことばかりではないのだけれど、総合的に見たら、やっぱり「明るく、楽しく、優しい」。素直にそれが一番だと思っている。だから、「一家団欒」や「家族でおしゃべりする時間」は必須項目になっている。
当然、昔だって仲の良い家族はたくさんいたし、「お互いを思いやり、支え合い・・・」といった理想は持っていたと思う。けれども、「それだけではない」という気持ちがあるから、その上に“親の責任”とか“家族の役割”のようなものが必要だと思い込んでいた気がする。
その点、現代の家族はとてもシンプルだ。家族にとって必要なのは、一緒にいて気持ちが良いこと。「家族と共にいることは、幸せなことなんだ。」そんな思いが伝わってくる。
「サザエさん主義」の時代
明るく、楽しく、優しい家族。
一家団欒、仲良くおしゃべりする家族。
これって、日本でいちばん有名な家族、サザエさんちに似ている。典型的な家族として誰もがすぐに思い浮かべるものの、今の時代から見ると「実際にはこんな家族いないよなあ」と思っていた。親子3世代が仲良く暮らし、たまに喧嘩や波平さんのお小言がありながらも、家族揃っての夕食はとても和やかだ。サザエさんちにドロドロした人間関係は似あわない。
サザエさんちのような家族を理想として目指すことを「サザエさん主義」と名付けるとすると、ここでの「サザエさん」は現代の家族にとって誰もが納得する“幸せ”のプロトタイプみたいなものなのではないかと思う。サザエさんの世界では、たいした事件も起こらず、日常の些細な出来事の中ですべてが完結するのだけれど、それだから一層「家族って幸せ」というメッセージがシンプルに伝わってくる。戦後すぐに描かれたサザエさんのベースには、旧来型の家族観が流れているのだけれど、 決して“家族”のプロトタイプではないのだと思う。
いろんな家族があるなかで「幸せな家族」を築こうとするのと、「家族って幸せだよね」というところから始めるのとでは、家族に対する意識がまったく違う。この点こそが現代の現代家族の特徴だと思う。彼らの中には「家族は幸せなんだ」という前提がはっきりとある。だから、絵に描いたような家族像が理想であり、現実だと屈託なく言えるし、それを大事にしようという気持ちが高くなる。
家族というものを変に難しく考えない。こうだったらいいなという気持ちを純粋に追求する、「サザエさん主義」。こんな考え方が現代の主流になるのなら、家族はとてもいい形になっていくのかもしれない。というのは能天気すぎるのだろうか。
(株)バンダイ キャラクター研究所 土居 由希子