キャラ研発信

“友達と共に作るドラマ”としてのカードバトル(2000.2発表)

「はじめからそうなっている世界」と「そうではない別のもの」をめぐって

[plofiel]

◆渡部尚美氏◆1957年、東京生まれ。子どもと若者専門の調査機関「子ども調査研究所」において、子どもや若者の生活文化を通して、時代の方向性と課題を分析することを専門領域にされている。共著「同時代子ども研究」(新曜社)、「子どもの世間」(小学館)などの著作がある。

   
 

1 <ゆらぎ>ない世界に生まれた感覚

 医者に飲酒と喫煙を止められている友人が言う、「毎日の生活に少々の<ゆらぎ>がないのは、つまらないものだ」と。
 子どもには、生まれてきたこの世の中をさまざまな角度から知りたくて、親に「なぜ?」を連発する時期がある。「なぜ信号は青の時に渡るの?」「お相撲さんは、なぜあんなにデカイの?」「ポケモンのテレビは、なぜ一週間に二回しかないの?」…。親は返答に窮して「そういうきまりになっている」というようなこたえをかえす。子どもたちは、そうしたこたえに満足するわけではないが、自分の生まれてきた世界が「そういうきまり」に満ちているらしいことは察知する。

 私は1957年東京生まれだが、小学校4年生の時に学校の裏庭の原っぱに仲間と「秘密の穴」を掘ったことがある。放課後に、そこらへんにある棒切れを使って何日もかけて掘った。今思うと異常とも思えるような情熱で毎日熱中していた。はじめは単に穴を掘るという遊びだったのだが、ある時、もっともっと大きな穴にして、中に「子どもの王国」を作ろうということを夢想して以来、穴掘り熱は沸点に達した。計画では電信柱から電気を失敬して明かりをつけ、拾ってきた椅子を置き、メンバーは秘密を守れる者に限定する…。実際には子ども3人がようやく入れる程度の穴になったあたりで、大人に発覚して頓挫したのだが、「王国」のイメージをふくらませながら、穴掘りに熱中している時が最も楽しかったように思う。
 大人がつくった「そういうきまりになっている」世界に対して、子どもが「それとは別の何か」を現実のものとして持つイメージを抱ける程度には、当時の東京にはスキがあったのだと思う。今の東京にそれがあるであろうか?いや、地方都市にだって、こんな酔狂なことを考える子どもはいないであろう。「バカみたい」と言われるのがオチだ。当時の私と仲間たちののどかな夢想を支えていたのは、のどかな時代性であり、今、整然と作られたニュータウンのマンション群周辺のどこかに穴を掘ったとしても、下水管やガス管につきあたるイメージしかない。効率的に作られた、安全で便利な生活環境には、子どもたちが「それとは別の何か」をイメージする余地は残されていない。

 それでも子どもたちは「それとは別の何か」を欲する。初期のファミコンの超人気ソフト「スーパーマリオブラザーズ」がさかんに遊ばれていた頃(1984〜1986年頃)、画面上でマリオが獲得した「金貨」の数を示す場所にマリオを移動させて、そこでマリオの股の間にちょうど金貨が位置するようにしてからしゃがませて「キンタマリオ〜!」と叫んでゲラゲラ笑う裏ワザが、子どもたちの間で大流行したことがある。ゲームの進行や得点には何の関係もない裏ワザであるが、これが最も有名な裏ワザであった。また、ほぼ同時期、電車の改札口がコンピュータによって自動化されはじめた頃、子どもたちは「1枚の切符で2人通れる裏ワザ」に熱中していた。
 子どもたちはファミコンの高得点よりも「キンタマリオ」のおかしさを喜んだ。電車代が浮いたことよりも自動改札機を出し抜いたことを自慢していた。当時のコンピュータは、子どもたちにとって魅力的な新しいものであると同時に、巨大な「そういうきまりになっている」ものの一つでもあったのであろう。0と1で構成され、整然としたきまりごとを厳然と守るはずの世界に、突如「キンタマ」を出現させてしまうおかしみと快感。冷徹な自動改札機を出し抜くのがジャンプ力(一人が切符を入れて進む間に後続の一人がジャンプして、自動改札機に一人だと思わせる)という身体性であることのおかしさと対照性。

 2001年時点で振り返ると、こうしたエピソードももはや「のどか」に感じられる。コンピュータゲームの進化は、そうした「のどか」な裏ワザを提供しなくなってしまったし、自動改札機の進歩も同様である。
 それでも、いつの時代でも子どもたちは「それとは別の何か」を求める。おそらく、「はじめからそうなっている世界」を受け入れるためには、一度「それとは別の何か」を通過することが必要なプロセスだからなのであろう。のどかさを抹消した、より整然とつくられた生活環境に生まれてきた今の子どもたちは、「それとは別の何か」を、子どもの王国の穴を掘ることでも、コンピュータの裏をかくことでもなく、フィクションに求めざるを得なくなった。

 1980年代を代表する子どもの人気キャラクターは、「ドラゴンボール」の悟空であろう。悟空は「身体性」と「気」によって戦う生身のファイターである。鍛えられた身体から発せられる気功のようなエネルギーで相手を倒す。戦うたびに急激に成長する肉体、人の思いをエネルギーとして発するといった、科学では説明しがたい強さを凝縮した人格に、子どもたちは「それとは別の何か」を見たのであろう。「はじめからそうなっている世界」に風穴をあけてくれるヒーローとして自身を投影したのであろう。

 1990年代は、そうした「はじめからそうなっている世界」に対する「それとは別の何か」をマンガ、TVアニメーション、ゲームなどのフィクション・ワールドに子どもたちがいっそう求めるようになった時期としてとらえられる。それが「モンスター」人気である。「ポケットモンスター」「デジタルモンスター」「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」といった、「モンスター」群とそれを操る少年・少女たちの物語が連続的に人気を博し、今も続いている。  それらに先だって人気を得たのが、コンピュータ・ゲーム・ソフト「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」という2つの 大人気RPGシリーズにおける「召還獣」(しょうかんじゅう)である。ゲーム世界で、勇者とその仲間が魔法によって伝説の獣を呼びだして戦うという設定で登場し、これらはゲームの大きな魅力要素として受け入れられた。
 モンスターは怪物であり怪獣であり、「ワケノワカラナイ」存在である。「ワケノワカラナイ」強さや理不尽さの象徴がモンスターなのである。「それとは別の何か」を渇望する子どもたちがモンスターに魅了されていったのは、今日の時代状況を反映するものなのである。 たとえば、「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」は、「週刊少年ジャンプ」連載のマンガとして出発し、当初は「ふだんは気の弱い少年、それがゲームになると人格が一変して強くなる」という設定の主人公が、さまざまなゲーム(パズル、サイコロ、神経衰弱など)にうち勝っていく物語であった。その部分が1999年10月にTVアニメ化されたが、低視聴率のために3ヶ月で打ち切りになっている。その後、「カードによってモンスターを呼び出して戦う」ことを中心的な内容に変更して2000年4月に再度TVアニメが放送されるや、視聴率が上昇し、また、カードも爆発的にヒットした。
 ここにみられるのは、明らかに「モンスター」への志向性であり、その底流になるのは「ワケノワカラナイモノ」への志向性であり、「はじめからそうなっている」世界に対する「そうではない何か別のもの」を求め続ける子どもたちの一貫した姿勢の今日的なあらわれ方なのであろう。

2 時間をかけて熟成されていくブームの構造

 子どもが忙しいと言われるようになってから、もう相当の時間が経過している。私にしても小学生の頃に、スイミングと進学教室に通っていたのだから、子どもの頃の日常がスケジュール化していた者がすでに中年になりつつあるということである。
 そうした状況は、その後、勉強だけでなくサッカーや野球などのチームスポーツに関しても地域のチームに所属しないとその種目に参加することが困難になることでさらに加速し、それが遊びや流行にも影響を与えている。

 昨今の子どもに大流行する遊びには3つの特徴がみられている。
 (1)1人でも楽しめて、2人いれば前置きなしにすぐテンション高く遊べる
 (2)1回の遊びに要する時間は10分程度
 (3)流行がブレイクするまでに「くすぶっている」期間がある

 月水金にスケジュールのある子どもと、火木土にある子どもは、学校の放課後にともに遊ぶチャンスはほとんどない。また、学校から帰ってきて各種の習い事に出かけるまでに15分とか30分のひまな時間を一人で持て余すようになっている。友だちと遊ぶには短いし、一人で過ごすには長いスキ間の時間が、子どもたちの生活時間のあちこちに点在するようになっているのである。
 そうした状況に登場し、子どもたちに爆発的な人気を得たのがファミコン(1985年)でありビックリマンシール(1985年)であり、ミニ四駆(1988年)であり、ゲームボーイ(1989年)であり、ポケットモンスター(1996年)であり、遊☆戯☆王デュエルモンスターカード(2000年)であった(各年は多くの子どもたちが熱狂的に遊び出した時期)。
 これらは、いずれも上記の3項目を満たしている。子どもたちの毎日の生活に点在する一人で退屈していたスキ間時間に楽しく遊べて、その思いを持ち合う複数の子どもが集まった時には短い時間であってもテンション高く遊べる(対戦、交換、情報交換)のである。こうした子どものライフスタイルの変化に対応し、なおかつ魅力的な世界を持つ商品が大ヒットしたのである。

 もう一つの重要なカギは「子どもの関心と商品世界の<進化>の共時性」である。
 子どもたちはこうした生活時間の制約の中で、自分たちが「友だちと共有できる」世界を求めているのであるから、個人的におもしろいと思った対象であっても、それが友だちもおもしろがるものでなければ意味がないことになる。「一人でおもしろい」が「友だちと共有するともっとおもしろい」につながるかどうかが、ヒット商品と大ヒット商品を分けることになる。
 それを子どもたちはどうやって見分けているのであろうか。それは「なんだか友だちの間で<じわじわと>流行がひろがってきている気配」とでもいうものである。気がついたらもう流行していて、自分は出遅れたというのでは参加するのに気がひけるし、自分と親しい友だちだけが入れ込んでいて、マニア扱いされるほどに距離が離れてしまってもアウトなのである。<じわじわと>広がってきている気配であれば、先頭集団と後続部隊の間にはまだそれほどの距離ができていない。

 ビックリマンシールの仕掛人、お菓子メーカーのロッテの反後さんはブームに至る経過を、「はじめの2年はほとんど売れなかったんです。でもその2年の間にポツポツと小学生ファンの投書がきていて、その投書を読みながら、ああ、こういうことを求めているんだと知って、子どもたちの希望を新しいシールのアイデアに生かしていったら、売り上げが伸び始めた。そうした子どもたちとのキャッチボールを続けていったらある時にドーンとブームになったんです」と語る。
 この2年間が<じわじわ>の期間であったのである。それは子どもたちのまわりに「流行の気配がじわじわと広がっていく」期間であったと同時に、「受け手(子ども)と送り手(メーカー)がテーマ(商品世界)をめぐる内容の展開のすりあわせを行う」期間であったのである。大人が作り出した商品をそのままおしいただくのではなく、大人と子どものフィードバック回路をつなげることによって、ある意味で子どもが欲しいものを子どもが開発(の一端を担う)し、どういうタイミングで世界を広げていって欲しいかを表明することによって、それは一部のマニア商品ではなく、「友だちにもすすめられる商品」に進化していったのである。

 しかし、その後こうしたスタイルの大ヒット商品はお菓子にはみられなくなった。それはビックリマンチョコが人気になっていた頃に進行していた、売場管理のコンピュータ化によるものである。商品はレジでバーコードを通され、どの商品がいくつ売れたかがデータ化されるようになった。そうなると、一週間に何個以上売れなかった商品は足切りということで、売場から消されてしまうことになる。ビックリマンチョコが<じわじわ>とその魅力と世界を広げていった、商品としてはくすぶっていた2年間というものは、今日では保証されていないのである。  では、今日ではそうした「受け手と送り手がキャッチボールをしながら、じわじわと流行の気配を増大させていった」大ヒット商品はあり得ないのであろうか。

 「遊☆戯☆王デュエルモンスターカード」は、「ポケットモンスター」がものすごい人気を持続している1999年2月に発売された。発売当初はポケモンカードの二番煎じのような扱いを、子どもたちから受けていた。それが徐々に人気を得るようになり、発売からおよそ1年半の期間を経て、大ヒット商品になっていった。
 「遊☆戯☆王デュエルモンスターカード」は、およそ50種類のカードを2〜3ヶ月に一度発売していくシステムになっている。50種のカードはまとめて売られるのではなく、中にどのカードが入っているかわからない5枚ずつのパック(150円)のスタイルで、子どもたちに買われていった。お金を持っていると言われる今日の子どもたちであるが、「100円、1000円、それ以上はたくさん」という金銭感覚は、以前とそれほど変わっていない。子どもたちの身銭感覚に収まる価格であることは、「ちょっと買ってみようか」という気にさせる要因の一つであった。
 袋を開けると5枚のカード、その中にキラキラ光った印刷のカードが混ざっていることがある。これが通称「キラ」カードである。印刷の仕様によってカードには「いいもの」と「ふつう」のものがあるらしいことを、子どもたちは知る。一種の「当たり」感覚である。友だちと見せっこをすると、「いいもの」の中にも、「さらにいいもの」と「ふつうにいいもの」があるらしいことを知る。それらの「よりいいもの」ほど、なかなか袋に入っていないことを知る。こうした構造は、ビックリマンシール以来、子どもの世界では常識的なこととして知られているが、「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」のカードが発売されはじめた時期においては、雑誌やテレビといったマス媒体での情報がほとんどなく、子どもたちは、カードを買うことでのみ体験として知っていったのが特徴である。

  「情報化時代」と呼ばれる昨今であるが、「情報だけでお腹がいっぱいになって」結局買わないということが、子どもにも大人にもある。遊戯王のカードは、メーカーがユーザーに流す情報を抑制し、カードを第一のメディアとして扱ったことが特異な点である。子どもたちは、希少性のあるカードが出てくることを期待してカードの数を増やしながら、カードの世界の全体像をイメージするようになっていった。
 また、買い重ねていくうちに「ふつうのカード」で同じ種類のものを複数手に入れてしまうことはよくあり、「これ、何枚も持っているからあげるよ」と、友だちにあげることで、このカード世界に関心を持つ者を増殖させていった。
 今では、カードは「ノーマル」「レア」「スーパーレア」「ウルトラレア」「シークレットレア」「アルティメットレア」と、希少性によってランクづけされていることや、どの時期にどのカードが売られたかと言った情報が、カタログ化された情報本によって公開されているが、それらも「既に売られたカード」の情報であって、「これから売られるカード」についての情報はわずかであることは変わっていない。あくまでも、子どもたちが売場に行って買って袋を開ける時が、「はじめての体験」としての価値を持つのである。
 「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」のカードは、「集めてゲームをすることのできる」カードであるらしいことを、子どもたちは、「週刊少年ジャンプ」連載のマンガによって知ってはいた。しかし、たくさんのカードを集めなければならないこと、ルールが複雑そうであることを理由に、「当たりカードのある、魅力ある(モンスター)カード」としてしか当初は感じていなかった。
 しかし、レアカードが出ることを期待して買ったカードが、ある程度の枚数になり、戦い方も、既に知っているポケモンカードと似ていると知った時期から、「じゃあ、ちょっと本腰を入れて遊んでみようか」ということになっていったのである。こうしたプロセスの進行が<じわじわ>と子どもたちの周りの気配を変えていったのである。

3 「そうではない別の何か」を求めて

 「おじさん知ってた?お金持ちの家の子が東大に受かるんだってさ、ニュースで言ってたよ」。情報化社会は子どもたちに、世の中は平等でないことを直接伝える。
 遊びや流行についても、「先に買った者が有利」「親が甘くて何でも買ってくれる家の子が有利」ということを、子どもたちは知っている。だから、特別お金持ちでも、親が甘い家でもない、多くの子どもたちは、うかつに流行にのることを避ける。
 「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」カードが、<じわじわ>と子どもたちの周りで流行の気配を濃くしていった頃、強力な「魔法カード」「罠カード」が登場した。これらの登場によって、<じわじわ>と進行していた流行の気配が、一気に決定的なものになっていったのである。

 「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」カードは、

 (1)直接相手と交戦する「通常モンスター」カード
  (2)相手の攻撃などをコントロールする「魔法」カード
  (3)相手のモンスターをコントロールする「罠」カード
  (4)強力なモンスターを呼び出すための「儀式」「融合」カード
と、役割別に大別される。
 モンスターの「攻撃力」によって戦うことは「ポケモン」とほぼ同じだが、そういった数字だけの戦いは、どうしても「力押し」でゲームが展開されることになる。いわば「強いカードを持っている者が勝つ」しかない仕組みである。しかし、「相手の攻撃を鏡のようにはねかえして、相手にダメージを与える」カードや、「相手モンスターを味方にして攻撃してしまう」カード、「強い相手を消し去ってしまう落とし穴」のカードの出現によって、「自分は必ずしも強くなくても、工夫次第では相手の力を利用して勝つことができる」ようになったのである。
 柔道に「○○返し」という技があるように、相手の攻めに対する返し技が登場したのである。これによって「一撃必殺」のパターンはなくなり、「○○返し」さらには「○○返し返し」といった、返し技とさらなる返し技の応酬が展開されることになる。常に相手の「返し技」を警戒しながらのバトルは、緊張の連続であり、戦い終えると両者ともに深く深呼吸をしたりしている。そんな緊張感は、これまでの子どもの対戦ゲームにはみられなかったものである。

 本質的な部分の魅力の存在がなければ、子どもたちはそんなヒリヒリした状況に自らの身を置くことを選ばなかったであろう。それは、現実では満たされない「そうではない別の何か」がそこにあることを確信したからこそ、こうした遊びを「おもしろいもの」として選択したのだ。

 現実という「はじめからそうなっている」世界は、お金持ちの家の子が学歴を得、身体能力に優れた子がスポーツ選手になる<ゆらぎのない世界>かもしれないが、このカード世界では、「返し技」でそうした硬直した秩序を逆転できるのである。それが、流行の気配を、大流行へと転換させた最大のポイントなのだと考えられる。  実際に「遊☆戯☆王デュエルモンスターズ」カードを自在に駆使してゲームを楽しむのは、相当難しいことである。なにしろ、
 (1)現時点で900種類を越えるカード各々の個性・役割の把握
 (2)現時点で900種以上のカード各々が持つ関連性・連鎖性の把握
 (3)持っているカードから50枚程度を自分の戦闘部隊(デッキ)として選択する構成力
 (4)新しく手に入れたカードで、自分のデッキを強化する方向性の模索
 (5)これから発売されるカードの展開に即したデッキの編成変え
といった、「無限の課題」をこなすことが要求されるのである。高い情報処理能力と持続力が求められるのである。

 そのため同様の構造を持つ「マジック・ザ・ギャザリング」を代表とする、トレーディングカード・ゲームは、「大人のひそかな楽しみ」として遊ばれてきた経緯があり、決して子どもたちが手を出すことはなかったのである。
 これまでの子どもたちだったら「めんどくせ〜」「複雑すぎる」「わかんねぇ」と、そのハードルの高さに白旗を上げて帰っていったであろうが、そうした高いハードルを越えてでも、「そこで遊びたい」と侵入してきたのである。

 そのハードルを越えさせたのは、
(1)じわじわと流行の気配を濃くしていくことを可能にした売り方
(2)カードそのものを第一のメディアとして、他メディアによる情報を抑制したこと
(3)流行の気配が熟した時点で出された「返し技」カード といったシステムと売り方全体が機能したことによるものであるとみられる。
 そして、本質的な部分で、「モンスター」という「ワケノワカラナイモノ」をテーマに、「強い相手に逆転勝ちをおさめる」ことのできる、「そうではない別の何か」を体験させてくれる対象であることが、今日の子どもたちを強烈に吸引したのであろう。