キャラ研発信

「キャラ化するニッポン」刊行記念 相原博之インタビュー第1回

プレゼント

 

今、確実に「キャラ化」へと・・・

キャラ化するニッポン (講談社現代新書) (新書)
2007年9月20日発売
定価:735円(税込)

 

 

―「キャラ化するニッポン」を書いた背景は?


相原:
まず、ここ数年の「キャラ」という言葉の広がりですね。
テレビや映画を見ても、友達と話しても、挙句には子どもたちでさえ「キャラキャラ」言ってる。これはなんだろうって。「キャラが立たない」と、生きてる価値がないくらいのことを言われてしまう。知らず知らずのうちに、「キャラ」っていうものが社会を生きていく上で極めて重要なツールのようなものになってしまっているということなんですよね。そういう視点で世の中見てみると、どこもかしこも「キャラ化」してる。政治も経済もテレビも映画も。


―政治も?


相原:
今回の総裁選で、福田さんは麻生さんに「キャラって何?」って聞いてましたよね。麻生さんの街頭演説の冒頭は「キャラが立ちすぎて永田町で目をつけられている麻生です」だし、小池さんは「AERA」で「福田さんはキャラが立たないのがキャラなのよ」と禅問答のようなことを言っている。
いづれにしても、小泉さんの出現で政治も完全にキャラ化した。政策の中身よりも魅力的なキャラかどうかだけを判断基準にして投票する有権者が増えて、政治家や政党もそういった無党派層への対策ばかりに気を取られる。サプライズなんて、どうして政治に必要なのかわからないけど、でも「今回はサプライズがある」とか「ない」とか言っているわけです。サプライズも一種のキャラですよね。


―そういう意味では、安倍さんはキャラが立たなかったと。


相原:
キャラの立たなさが致命傷になった、歴史上最初の首相ということになるかも知れませんね。舛添さんがテレビなんかのアンケートで一躍首相候補に躍り出るっていうのも「政治のキャラ化」を象徴しています。まだ彼は何もしていない。何かができるかもわからない。ただ単にキャラ立ちしてるだけです。でも、それだけで首相候補になってしまう。それが今のキャラ的政治状況ですよね。


―経済もキャラ化ですか?


相原:
これはストレートにはわかりづらいかもしれませんが、ライブドアがホリエモンというユニークなキャラを広告塔にして市場の資金を一気に集め、時価総額を膨らますことで影響力を急拡大していった手法なども、いわばキャラ化だと言っていいと思います。
ライブドアに投資した人たちは、ライブドアという会社の実体にではなく、ホリエモンというキャラ、ライブドアというキャラに投資したということです。個人投資家が大挙して市場に入ってきたことで、企業のうわべのキャラの重要性がますます増したとも言えるのです。


―こういったキャラ化の進行と日本人の文化性との関係についても書かれていますね?


相原:
浮世絵や侘び・さびなど日本的な美意識とアニメやキャラクターとの間に強いつながりがあるという話は、村上隆さんや東浩紀さんなんかも指摘しています。
本来は2次元的でリアリティがないはずのキャラにリアリティを感じてしまう、リアリティを感じることができると言ったほうがいいかも知れませんが、そういった日本人の文化性と日本のキャラ化には強いつなかりがあると言っていいのではないかと思います。


―具体的には?


相原:
内実がわからなくても表層部分だけを支持するというよりも、むしろ、内実がわからなくて表層部分が突出してくれるほうがよりリアリティを感じられるといった感覚でしょうか。
小泉さんへの異常な人気なんかを見ると、そういうふうに考えたくなってしまいます。
日本のファンシーキャラクターは無表情なので「むひょキャラ」と呼ばれます。ファンシーキャラの多くは簡単な設定しかなくて、アニメキャラなどにある世界観、「大きな物語」を後ろに持っていない。さらには擬人的な感情表現も極めて希薄。ビジュアルだけでなく、その構造さえも、まさに2次元的、表層的なのです。そして、2次元的、表層的だからこそ愛されてやまない。熱狂的なたくさんのファンがいるわけです。
政治、経済だけでなく、たとえば一発芸が闊歩するお笑いの世界などを見ても「表層のキャラ」がすべてというムードは極めて強いと言っていいと思います。
若者たちのコミュニケーションを見ても、「ボケキャラ」「天然キャラ」「ボスキャラ」・・・などという具合に、お互いにおてがった表層的なキャラを使ってコミュニケーションを取るというスタイルが定着しています。これなどは、コミュニケーションのキャラ化と呼んでいい現象だと思います。