キャラ研発信

コラム「キャラ化するニッポン」第5回『村上春樹とキャラ化』

スーパーフラット=浮世絵のイメージが強いが、ぼくの中でのそれは「村上春樹」だ。
村上春樹に対する世界的評価はすごく、今では日本を代表する作家になった観がある。
彼の作品の特徴をひとことで言えば、いわゆる旧来的なリアリティの欠如だ。「風の歌を聴け」が登場したときに、それまでのどんな新人の作品との出会いともまったく違う登場感を感じたのは、まさにその部分だった。英語で小説を書き、それを日本語に翻訳するという手法に注目が集まったのも、それと関係がある。
セックスや人の死といった物語的リアリティを排除するというのも、彼の初期の特徴であった。
彼の作品は、そういった物語的リアリティを排除した平板な世界である。極めて重要な手紙と取るに足らないDMとが等価に並べられる世界は、まさにフラット化した世界そのものなのだ。
前回までの言葉を使えば、2次元的で物語的な抑揚さえも排除した、まさにノンリアルなワールドに触れることで、ぼくらは真綿で包まれるように同時代的な感覚と重なり合うようなリアルを感じるのである。
彼の世界がこれほどまでに支持される背景には、このノンリアルのリアルという同時代感覚を世界の若者たちが共通言語としつつある状況があるのかも知れない。
余談だが、世界は今一大日本ブームらしい。アニメはもちろん、和食や日本建築、漢字・・・
和食や建築についても、欧米的な感覚からしたら、極めてフラットなものだろう。
漢字は? そうなると、なぜ日本人はフラットな文化を生んだのかという、源を辿りたくもなるが。

2007年4月2日 相原博之